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今更ながらヴァニシングスターライトの感想

今晩は、メ藤政則です。

今更ながらサウンドホライズンの音楽について書きたい気持ちになったので下記作品のレビューを基本に書こうと思います。デラックス版も買っていないのに偉そうにですます抜きで。
あと本物っぽく一人称も僕で。

ヴァニシング・スターライト (通常盤)(期間限定価格盤)ヴァニシング・スターライト (通常盤)(期間限定価格盤)
(2014/10/01)
Sound Horizon

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昔はサウンドホライズンの楽曲はメタルになりきれない部分が惜しいと思っていたが、そろそろ僕の中で調度良く感じる様になってきた。上の作品はご存知デビュー10周年の作品で、僕は1枚目の楽園前奏曲が出た後くらいに友人に教えてもらったので、10年近く追いかけてきたことになる。色々な衝撃を与え続けてきたRevoさんが偉大だとと思う一要素に、大物ぶらない振る舞いでありつつも全国流通作品でも自分のスタイルを貫いていることが挙がる。いや大物で好きにやっている事自体は特別なことではないのだが、陛下のそれは誰の踏襲でも無い点が尊敬に値するのだ。

よく物語音楽と形容され、それは多くの作品に当てはまるが、それがサウンドホライズンの「唯一の」音楽性に括ってしまうのは今ひとつ物足りない。僕がどのスタイルの作品も好きになってしまうのは、そこに圧倒的に巨大なドラマティック性と耳にどうしても残ってしまうメロディーがあるから。
その手法としてストーリーが曲の中に横たわっているだけなのだろうと思う。(実際に作った事はない前提で言えば)サウンドホライズンの音楽性をフォローしようと意図しても、曲のイントロや間奏、ヴァースの合間にナレーションを足しただけではサウンドホライズンにはならない。結局のところメロディーメイキングが陛下は圧倒的に高水準だし、楽曲と、語りなど独自の部分の融和性がどのフォロワーにも追いつけないレベルであるのだと思う。

さて上の作品のレビューへ。
今作は現代日本が舞台…この類のコピーライトにはどうも違和感が拭えない。あたかも無理矢理に「サウンドホライズンは物語音楽だ」と枠にはめようとしている気がするのだ。確かに6枚目のMoiraや7作目のMarchenではミュージカルの如く登場人物が躍動し、情景を描く効果音とともにストーリーが展開していく内容であったが、今回のアプローチは前述のそれとは根本的に異なる。今回の作品の伝えたいものも大きく異なるのだと思う。物語音楽というより寧ろ、モチーフを添えた、より普遍的な音楽であろう。・・・しかし3曲目は普遍的かというと完全に違う。じゃあなんと言えばよいのか。つまるところサウンドホライズンという他無い。彼の音楽性を一言で述べるのは僕には無理である。

1,よだかの星
ミミレレミ、ミミレレミド、ミミレレミ、ミミレレミド・・・
宮沢賢治の同作品に感化されたとあるこの楽曲は、よだかに似た境遇の主人公ノエルが逆風な「生きてるなら燃えてやれ」と羽ばたくのを歌う曲、たぶん。
最初に書いたサビのメロディー  「悲しみに・追いつかれぬよう ・ 真っ直ぐに・空を目指すよ」
休符が小刻みに入り、全力で疾走し、息が切れる様子さえ浮かぶ(自分だけかも)。
と思いきや、AメロもBメロもこのメロディーに似ている、それなのに音使いやバックの音配置のおかげでそっれぞれの役割にしっかりはまっている。ギターソロも流れるように滑らかで、非常にテクニカル。とにかく各楽器の演奏力が高いし陛下もハイトーンが出てて盛り上がりも素敵。相変わらずの楽譜的に臨時記号が少ない進行であるぶんストレートに美しいメロディーが伝わってくる。

2,Mother
1曲めも同じキーだが、これもEmでバンドの曲としてありそうなアレンジである。個人的にはこの楽曲はやや退屈に感じた。1曲間から続けて聞くとやはりどうしてもこちらのほうがドラマティックさが低いように思える。しかしギター弾き的には鬼の難易度を誇る。メロディーは耽美系の香りがほんのり、そうスーパーの洗剤のテスターくらいほんのりある。多分サビのオルガンの音のせいだが、上に書いた、「ドラマティックさが低い」と感じた要素の1つは、1曲目が開放的な疾走感を持つのに対し、こちらは様式美的なクローズド感をもつ楽曲だからだろう。しかしながら楽曲の構成はさすが陛下というところで、しっかりしている。「リフで始まりリフで終わる」という形式も、物語の展開をほのめかして終わらせるならば無かったのではないか。しっかり楽曲として完結させている。

3, Interview with Noel
15分台の大作である。ただ、あまり個人的には大作という印象はぴんと来ない。それは勿論その言葉の解釈による。長さでいえば勿論史上最高の大作である。しかしこの15分全体を1つの軸とした起承転結がある訳ではなく、場面場面の繋ぎが1トラックになったものであるとの解釈がよりしっくりくる。そう、陛下にとっては楽曲のトラック分けなどきっと便宜的なものだ。デジタルデータの上で区切られているものを1曲と扱うならばMoiraのDVDなんて1"曲"1時間超えだ。
歌詞カードにあるインタビュー形式のノエルが答える部分のみが歌詞になっているという完全に予想不可能な形式。内容はある程度陛下と重なるところがあるらしいがどのくらいまでなのかその程度は分からない。インタビューアが3人おり、それぞれの主題のようなメロディーがある。それで音楽がインタビューアが誰なのか知らせる。ちょうど映画で、誰かわからない人影でも不穏な音楽があれば、それが敵と伝わるような、そんな感じだ。しかしながらどうインタビューしているかは楽曲からはわからないので、歌詞カードを見ながら聴くことが完全に前提の作りになっている。
これは陛下の場面場面での雰囲気の作り方が非常に秀逸と感じる。曲調と歌い方がそのままその(インタビューをしているであろう)場面の空気として伝わり、色々なノエルの心象を表現することに成功している。最後はライブ告知をするなど通常の楽曲ではありえない歌詞もあり、国家のメロディーでクライマックスに持って行き締める形だ。よくこの形式が思いつき、この形式で発表したなと脱帽せずにはいられない。

---贔屓のアーティストを持つには、それを贔屓たらしめるための何か必然的な要因があるかもしれないし、説明に必要な言葉が見つからないかもしれない。僕がこのサウンドホライズンを好きでたまらないのは、しかしながら幸いにも説明可能だと思っている。
よくCDを買うと、色々な場面で「今作の曲はイマイチだな」「前作のほうが迫力があったな」など、色々なジレンマが襲ってくる。1つのアーティストを追いかけていく上での概ね不可避であろう。そして悲しいことに、セールスポイントとなる要素が衰退したら、テレビでお馴染みの声など超有名でない限り他のアーティストで代替が効いてしまう。しかしサウンドホライズンにはそれがない。それはサウンドホライズンはどんな時でも「サウンドホライズンにしか出来ないことをやっている」からだ。勿論、陛下は捨て曲を作らない。今まで1つたりともあっただろうか。きっと陛下は想像を絶するほどに丹念に調べ、構成を組み、歌詞を配置し、効果音を配置し、謎を仕掛け、楽曲に合うキャストを探し、ワインを飲み・・・そういった労力の上にすべての楽曲が成り立っている。世界観が合う/合わないはあるかもしれないが、それが作品の価値を下げる要因にはならない。サウンドホライズンの世界として楽曲を超えた魅力が常にあるからだ。そういったアーティストを知り、追いかけながら歳を重ねるのは幸せだ。この記事を書いている時点で発売が数カ月後に迫った9th Storyにも期待が止まらない。どんな世界観だろうが、どんなアプローチだろうが作品に抱く不安なんて無いのだ。サウンドホライズンが僕達をマーヴェラスな超宇宙に連れて行ってくれるのを夢に抱きながら待つとしよう。

---メ籐政則/Buurrrn
歌詞について何も書いてなくてごめんね
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